探究学習

琉球びんがたの歴史と伝統を未来へ

東京が昔、江戸と呼ばれていたように、沖縄が昔、琉球と呼ばれていたことは多くの方がご存知かと思います。しかしながら、江戸と琉球には大きな違いがあります。それは、琉球は日本ではなく、琉球王国と別の国であったことです。そのため、沖縄には独自の文化が育まれ、その多くが現代まで引き継がれている有形無形の財産です。

琉球王国時代から続く伝統工芸の一つに「紅型(びんがた)」があります。沖縄県の無形文化財、国の伝産品に指定されており、鮮やかな配色と独特な模様が特徴的です。本日は琉球びんがた普及伝承コンソーシアムの小渡様をお招きし、琉球の歴史、紅型の歴史、及び伝統工芸や文化を未来へ伝承するための活動についてお伺いします。

 

プロフィール

小渡 晋治 様

外資系の金融機関で10年間勤務したのち、シンガポールの大学へ留学、経営学MBAを修了。修了後、父親が経営するIT会社を継ぐため沖縄に帰郷。株式会社okicomの取締役に就任。

ITを活用した沖縄の観光・産業の発展に力を入れていきたいと考え、日本全国の工芸産地のプロデュースをしている大学時代の友達から声をかけられたことをきっかけに、琉球びんがた普及伝承コンソーシアムを設立。その他、中小企業基盤整備機構の国際化支援アドバイザーとして、海外展開を目指す企業を支援されています。

 

 

 

琉球びんがたは「チャンプルー」

渡辺
渡辺
本日はお忙しい中ありがとうございます。 まずはじめに、琉球王国の概要についてお聞かせいただけますか。

小渡 様
小渡 様
琉球王国は尚巴志(しょうはし)が統一王朝を成立した1429年から1879年までの450年間存在した国です。琉球という名前は、中国が沖縄のことを琉球と呼んでいたことに由来します。 もう少し細かく見ると、当時、明の時代の中国では沖縄は“大琉球”、台湾は“小琉球”と呼ばれていました。

渡辺
渡辺
中国における呼び名を国名につけるとは、当時は中国との結びつきが強かったのですね。 琉球紅型(びんがた)も中国から伝わったものなのでしょうか?

小渡 様
小渡 様
琉球紅型の歴史を一言で表すならば「チャンプルー」です。

渡辺
渡辺
沖縄料理のゴーヤチャンプルーの“チャンプルー”ですか?

小渡 様
小渡 様
そうです、そのチャンプルーです。チャンプルーとは、ごちゃまぜのことです。 琉球紅型の歴史は当時の交易が大きく関わっています。 琉球王国は日本本土、中国、アジア諸国の中間に位置している利点を活かし、日本や中国だけでなく、他にはシャム(今のタイ)やルソン(今のフィリピン)との交易など東南アジアとの交易を行っていました。特に、中国の明朝からは朝貢貿易で優遇されていました。

当時の交易品の中にはインド更紗、インドネシアのジャワ更紗、中国の型紙による花布等染め物や織物のデザインがありました。そうした他国の技術やデザインを取り入れ、沖縄に古くからあった染色技法を合わせて、誕生したのが琉球びんがたになります。

*朝貢貿易:中国王朝へ周辺諸国が貢物を献上し、その代わりに中国王朝から回賜(返礼品)を受け取る当時の貿易。明朝は朝貢貿易を制限して行っていたが、琉球王国のみ例外的に無制限に認めた。当時、中国製の陶磁器は朝貢貿易の制限のため数が非常に少なく、琉球は返礼品だった陶磁器の貿易で多額で利益を得たとされる。

渡辺
渡辺
確かにチャンプルーです。

小渡 様
小渡 様
他国の技術やデザインを参考にしながらも、それでいて紅型は琉球のオリジナルなのです。

渡辺
渡辺
日本や他国の伝統的な織物染物とどのような違いがあるのでしょうか?

小渡 様
小渡 様
紅型の染め方はどこにも見当たらず、中国やインド、インドネシア、日本のものとも違います。 例えば、琉球紅型は顔料を用いますが、多くの伝統染物は染料を使います。

渡辺
渡辺
申し訳ないです、顔料と染料は違うのですか?

小渡 様
小渡 様
簡単な違いとして、顔料は生地の表面に付着します、その一方、染料は生地の内部に染み込んでいきます。顔料は粒子が粗く溶剤に溶けません。伝統工芸で顔料を用いているのは世界的に珍しいです。

琉球王朝時代に使われていたと言われている青の顔料の一つはラピスラズリという鉱物から採れるのですが、交易を通じて琉球に入ってきたようです。 このように、交易が盛んであったことが紅型の成立や発展に重要な役割を果たしました。

渡辺
渡辺
なるほどです、地産地消でなく、海外から色やデザインを取り入れていったのですね。

小渡 様
小渡 様
また、紫外線が強い沖縄の気候と顔料は相性が良い、というのもありました。一般的に顔料は染料よりも光の呈色(ていしょく。色が変化すること)が起こりにくく、昔の紅型が今でも色鮮やかに残っています。紅型は何世代にも渡って受け継ぐことができる工芸品なのです。

渡辺
渡辺
紅型の鮮やかな発色やデザインが、交易の歴史や気象条件など様々な要素がかみ合わさって成立していったのが興味深いです。

これまでのお話の中に、紅型を起点として歴史、芸術、理科、地理の要素が入っています。一つの事象を様々な視点から学際的に学ぶのは大切だと思います。

 

琉球びんがた 存亡の危機を乗り越える

渡辺
渡辺
琉球紅型には2回の存亡の危機があったと伺っています。

小渡 様
小渡 様
はい、1回目は王制が解体され沖縄になった19世紀後半です。これまで所謂パトロンだった王族がいなくなり、経済的な支援が得られなくなってしまいました。 それまでは主に礼装や神事の装束など上流階級用でしたが、王政解体により経済的な支援を失い、それからは徐々に庶民に拡がっていきました。例えば、「うちくい」という風呂敷に紅型を染めて提供されるようになりました。

渡辺
渡辺
王族がパトロンとして芸術家をサポートするのは、ルネサンス期のメディチ家と似たような関係ですね。

小渡 様
小渡 様
2回目は第二次世界大戦です。沖縄戦により壊滅状態になり、道具類も焼けつくされてしまい、文字通りゼロからのスタートとなりました。当時は米軍向けにポストカードやネクタイなどを紅型で作成しました。 道具も身近で手に入るもので済ませたようです。瓦をすりつぶし朱の顔料に、戦争で使われた地図を型紙にするところからの再出発となりました。

渡辺
渡辺
先の戦争で多くの死傷者や街が破壊されるだけでなく、紅型をはじめ文化や伝統をも破壊し、なくなってしまう寸前まで追い詰めた事実は風化させてはいけないことだろうと思います。また、その後の復興に尽力した方々の努力があって今があることも語り継がれていくべきでしょう

All Okinawaで取り組む

渡辺
渡辺
戦後復興を遂げた現状と、さらなる発展に向けた活動について伺えますでしょうか?

小渡 様
小渡 様
文化や伝統を受け継ぐ、守る部分と、未来へ向けて創る、変えていく部分があると思っています。

まず、受け継ぐ、守る部分についてですが、日本には多くの伝統工芸品がある中で、紅型は分業化せず、一人で最初から最後まで全うします。紅型職人は道具作りから、図案、色付け、仕上げまで18を超える全ての工程を自身の工房で行います。 このような職人気質や受け継がれてきた製法については大切に守っていくべき、と考えています。

小渡 様
小渡 様
一方、紅型を普及、伝承していくためには裾野を大きくすることも大事ですので、琉球びんがた普及伝承コンソーシアムでは、紅型のデザインや色使いを用いた商品を制作しています。身近なところでは、エプロンやタンブラー、昨年からのコロナ禍で紅型マスクを作りました。

他には沖縄を訪れた方にご当地の工芸品を触れていただこうと、飛行機のヘッドレストに紅型の柄をあしらったり、読者の皆様にも目にしたことがあるかもしれません。

渡辺
渡辺
コロナが終息したら、沖縄に旅行したいと思っていますのでその際に注意して見るようにします(笑)

小渡 様
小渡 様
琉球びんがた普及伝承コンソーシアムで活動している中で、紅型のような伝統工芸を盛り上げていく上での課題にもぶつかりました。

その一つが一部の人や組織が独自に頑張るのではなく、沖縄全体で取り組む必要性です。職人、自治体、民間企業が連携して、紅型を産業として活性化させることが大切だとわかりました。培ってきた技術や文化はもちろんなのですが、それ以外にもライセンスやデザインなどの知的財産の保護並びに適切な活用、商品開発のコラボレーションなど多岐に渡ります。

当コンソーシアムも伝統と技術のある様々な工房の職人さんが協力してくれたことで、先ほど申し上げた守る部分と創る部分のバランスに気をつけながら、商品開発や販路の拡大に取り組むことができていると思います。

渡辺
渡辺
取り組んでいらっしゃることは、日本の教育が目指す「主体的・対話的で深い学び」と重なっているのではないかと思います。文字通り、自分の興味や関心を持って、先生や地域の人、先人の言葉などとの対話を通じて、考えを広げたり深めたりできるようになることを目指しています。

お話を伺っていると、「紅型の歴史や伝統を伝承しながら、未来へ発展させるにはどうすれば良いか?」という問いに対して様々な方々や団体が協働しているように映ります。この対話を通じた協働は教育の目指す姿ではないかと思います。

小渡 様
小渡 様
もう一つはデザインの価値、デザインを創り出す職人に対するリスペクトをどう育むのか、ということです。 ピンとこないかもしれませんが、デザインの価値への理解は日本よりも欧米が進んでいるように感じています。 つまり、ロイヤルティの価値、きちんとした対価が払われる仕組みが必要ということです。

渡辺
渡辺
5年くらい前までSTEM教育だったのが、現在ではSTEAM教育となりArtが追加されました。 個人的な意見ですが、Artを知ることでいろいろな価値観に触れ合える、多様性につながるのではないかと思います。

デザインの価値を尊重する、ということは“なぜ価値があるのか”、“どのような価値なのか”という問いがあります。 芸術や伝統工芸を学ぶことは古今東西で文化や価値観が違う中で、その違いを認めて共生する良い訓練なのかと思います。

渡辺
渡辺
最後に読者に向けてメッセージをお願いできますでしょうか。

小渡 様
小渡 様
日本にはたくさんの工芸品があり、沖縄には琉球びんがたをはじめとして16品目の伝統的工芸品があります。残念ながらこれらの工芸品の中には、マーケットとのフィット感が取れておらず、あまり知られていないものも多く存在します。

びんがたコンソーシアムでは、その活動を通じて、工芸を知ってもらう、それを作っている職人を知ってもらうことを大事にし、工芸品が伝統だけではなく、新しさや革新性をおび、再び日常のシーンにて活用されるように取組みを進めていきたいと考えています。 琉球びんがたの商品を見た際は、是非、その裏側にいる作り手や継承してきた技、その歴史に思いをはせてみてください。

びんがたコンソーシアムの商品は、プリントの物を多くありますが、それらの商品は職人と紐づいており、適切なロイヤリティが支払われています。 稼げる工芸を取り戻し、次の50年、100年と継承されて行けるよう頑張りますので、応援宜しくお願いします

(一社)琉球びんがた普及伝承コンソーシアム

(一社)琉球びんがた普及伝承コンソーシアムは琉球びんがた事業協同組合、琉球びんがた職人、民間企業との連携を主軸に置いた組織。 設立の背景は、先人たちによる数々の作品、現在の職人たちの技術、そのほか多くの有形無形の文化を未来につなげ、産業として活性化させることを目標に様々な活動しています。

事業の主軸は4つあり、デザインとしてのびんがたの活用(ライセンス事業)。次に民間企業とのコラボレーション・プロジェクトの推進(普及販売事業)。そして、技術・技法の着実な伝承(技術伝承事業)。最後に知的財産の保護及びモニタリング(知財モニタリング事業)です。

https://bingataconsortium.com

 

紅型制作に挑戦

Study Valley社員家族が紅型の風呂敷制作に挑戦しました!

素敵な道具箱の包み

 

 

鉱物から採った鮮やかな顔料が5色

 

 

どなたでも塗れるように下絵が施されています

 

 

本格的な道具で各色を下絵に沿って丁寧に塗っていきます

 

 

塗り方や乾燥などわかりやすい手順書のとおり進めていきます

 

 

完成!鮮やかな発色に下絵がきれいな柄に浮き出ています

 

 

琉球びんがた道具箱

紅型初心者の方でも手軽に体験できる紅型体験キットです。紅型の「色を染める」という工程を体験することで、少しずつ紅型の世界を広げていき、紅型という伝統工芸に慣れ親しんで欲しい。より多くの人が紅型に出会うきっかけづくりをしたい。そんな思いで生まれました。

職人が普段使用している道具や、古典的な紅型の図柄をセレクトした、本格的な大人の道具箱になっています。

https://bingataconsortium.com/lp/toolbox/

 

 


 

渡辺康雄(インタビュワー) 

株式会社Study Valley ビジネスアナリスト

2006年シティグループ証券株式会社に新卒入社。業務本部にて社内外の日本株決済プロジェクトを主導。2015年より1年を超える育児休業を取得し、育児に奮闘しながら並行してMBAを修了。

主夫生活を経て、2021年より株式会社Study Valley にて「STEAMライブラリー 未来の教室」運営及びメディアに従事。上智大学理工学部卒、IEビジネススクール|シンガポールマネジメント大学 Joint MBA修了